おいしいパンを求めて・・・
A la recherche du pain... perdu !
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毎日買わなければならない不便な主食

 フランスの食事ではパンは欠かせないものです。日本でご飯が必要なのと同じ。

 でも、パンはパン屋に買いに行かなければなりません。それも毎日! 予定していなかったお客様があったときにも、パンが足りるかどうかが問題になります。

 米を買い置きしておき、必要に応じて焚けるご飯と違って、パンを主食にするのは不便だと思ってしまいます。

 美味しいご飯を食べたいなら、信頼できる農家からお米を直送してもらったりもできます。ところがフランスでは、たまたま質の高いパンを売っている店が近所にあるという人だけが幸運ということになります。

 パン屋に恵まれていない人が食事会を開いてみんなを喜ばせるようと思ったら、当日の朝、遠くのパン屋までわざわざ時間をかけて行かなければならないのです。食事会の料理をするだけでも大変なのに!…

 昨年の夏に招待された友人のパーティでは、パンが足りなくなってしまいました。朝市に行って材料を仕入れて料理をつくり、パンも、遠くのパン屋さんまで買いに行って、格別においしいものを用意していました。

 パンは、まずいと、皆あまり食べません。反対に、おいしいと、たくさん食べてしまいます! それで友人の計算は狂い、チーズが出るまでに用意したパンがすべて平らげられてしまいました。

 チーズを食べるのにパンがないというのは、ワインがないのと同じくらい最悪なことです!

 町外れの住宅地にある家だったので、おいそれとパン屋まで車を走らせるわけにいきません…。招待された友人たちは、こんな場合に備えてパンを冷凍しておくべきだ、などとブーブー。チーズも、それに合わせるワインも、とっておきのものが用意していたので、余計にパンがないことが口惜しくなってしまったのです!

 日本では電気のパン焼き釜が売られていますが、フランスでは通信販売のカタログで見たことがある程度です。イギリス・パンのような柔らかいパンなら、電気釜である程度の味のパンをつくれます。でもフランスパンのように皮がしっかりとしていなければならないパンは、電気製品の開発ができないのではないでしょうか。
田舎パンからバゲットへ

 昔、フランスの農家では日曜日にパンをたくさん焼いて、それを次の日曜日になるまで食べました。この時代には、毎日パンの心配をしなければならないというような面倒なことはなかったのです。

 食事のときには、ご主人が大きなパンを胸にかかえて、もう片方のに持った包丁でスライスして皆に与えました。民族博物館などでは、パンをしまっておく家具が展示されています。鍵がかかるようになっていたりするあたり、パンは貴重な食べ物だったことが分かります。

 昔食べられていたパンは、形は小さくなりましたが、今でも「パン・ド・カンパーニュ(pain de campagne)」(田舎パンという意味)という名前で売られています。日持ちの良いパンなのです。

 もちろん田舎パンも、日が立つにつれて固くなります。最後の頃には、ほとんどコチコチになったパンを皿にのせて、スープをかけて食べました。だからフランスでは、スープは「飲む」のではなくて、「食べる」と言うのでしょうか?

 フランスパンを代表するバゲット(baguette)は昔からあったわけではありません。パリで考案されてから100年もたっていません。それまでの田舎パンに比べて皮が薄くて食べやすい味なので、あっという間に広まったようです。

 バゲットは色々なバリエーションができていますが、ともかく、その日のうちに食べてしまわないと堅くて食べられたものではありません。都会のパン屋さんが、毎日パンを売るために考え出したパンでもあるのだと思ってしまいます。
昔ながらのパンを焼いてみる

 150年くらい前に建てられた家を買った友人の家にはパン焼き釜がありました。

 長いこと使っていなかったパン焼き釜なので、使えるのかどうか分からなかったのですが、近所に引退したパン屋さんが住んでいて、試しにパンを焼いてみようと言い出してくれました。

 そのパンを食べることをきっかけにして、転居祝いのパーティが開かれました。

 大きな田舎パンが14個をいっぺんに焼けました。昔ながらの方法で焼いたパンの味は格別。みんな「おいしい! おいしい!」と大喜びでした。

 こんなパン焼き釜は、田舎では珍しくありませんでした。お城には、昔は城主が税金のようなものを取って使わせていたパン焼き釜もありました。でもパン焼き釜を使われなくなってからは、特に民家では場所ふさぎので、ずいぶん壊されてしまいました。

 最近では、村にあった共同パン焼き小屋の修復がすすんでいます。下の写真も、そんなパン焼き小屋。左側の丸くなった壁の部分を見ると、ここがオーブンの場所だと分かります。
パンの質が落ちた?

 フランス人たちは、最近はパンがおいしくなくなったと言っています。なぜだかお分かりでしょうか?

 第一に、パン屋というのはかなり大変な職業であるため、昔ながらの製法をするパン屋が少なくなったことです。

 フランスのパン屋さんは早朝からオープンします。遅くても7時半ころではないでしょうか。その時間までにパンが焼きあがっていなければならないわけですから、朝早く、というか夜中から仕込みを始めなければなりません。

 日本のお豆腐屋さんを思わせる職業です。フランスは労働条件が改善されている国なので、そんな厳しい仕事に耐える人が少なくなったのでしょう。

 それで最近では、横着なパン屋のために、仕事を楽にする機械も考案されています。ひどいケースでは、夕方にパンを仕込むと、それが冷凍されて、早朝に自動的に解凍して、自動的にパンが焼かれるという機械を使っています。つまりパン屋さんが朝起きるとおきると、パンが焼きあがっているという仕組みです。

 特にパンの質が落ちているのは農村部です。町なら、いい加減なパンをつくる店には人は行かないので店じまいするしかありません。ところが競争のない田舎では店の選びようがありません。高齢者などは、どうしても地元でパンを買ってしまいます。

 第二の理由は、パンの価格が自由化されたことです。1978年のことでした。これによって、工場で大量生産される安いパンが出回るようになってしまったのです。

 フランスでは、パンを自分のところでパン生地をつくって焼かない店は、「パン屋(boulanger)」と表示してはいけないことになっています。

 ところが、大きな町などでは、センターから届いたパンを店の入り口で焼いて香りを道路にただよわせたり、しゃれたつくりの店構えにしたりして客足を引いている店がたくさんあります。ともかく安いのを特徴に、スーパーマーケットでもパンが売られています。
それでも美味しいパンはある

 これだけ食べ物にこだわる国で、なぜ不味いパンが売れるのか不思議でなりません…。

 それでも美味しいパンを求める人たちはいます。町などでは、人気のあるパン屋さんの前には、まるで共産国のように買い物客の行列ができています。

 ブルゴーニュ・ワインの商業拠点であるボーヌ市に、とてもおいしいパン屋さんがありました。観光地化したボーヌでは考えられないような穴間のレストランで、出されていたパンが余りにもおいしかったので、何処で買ったのかを教えてもらったのでした。

 ボーヌに行く機会があると、いつもこのパン屋さんに行ってパンを買うようになりました。リンゴを発酵した菌でパンをつくっていて、それをしているのはフランスで数軒しかないということでした。1日に何回パンを焼いているのか分かりません。ともかく、いつ行っても焼きたてのパンが並んでいました。

 ところがある日、ご主人がお店を売って隠居生活を始めるのだと私に言いました。田舎にある家に住んで、釣りなどをして優雅に暮らすとのこと。まだ50歳になったかならないかという若さなのに…。

 がっかりして友人に話すと、パン屋さんというのは収益があるので、そんな繁盛していたなら、若くても引退できたのだろうということでした。

 なるほど、それだけ商売になるなら、仕事が厳しくても美味しいパンをつくろうとする若い後継者がいるだろうと安心しました。
昔に比べるとパンを食べなくなったフランス人
 フランスにあるパン屋は、平均すると、住民1,800人に対して1軒となるそうです。なるほど安定した職業です。

 パン屋の軒数は、昔に比べると随分減っています。もっともパンの消費量も著しく減りました。20世紀始めには、フランス人は1日800グラムのパンを食べていたのに、今ではその5分の1にも満たない180グラムしか消費していません。

 平均的なバゲットは重さが200〜250グラム(長さ70cm、直径6cm)だそうなので、1回の食事でバゲットの3分の1も食べないことになります。私の知っている人たちは、もっと食べています。フランスのパン・インフォメーションセンターのデータなのですが、本当かな?・・・という気もしています。
おいしいパンは見ただけで分かる!

 今でも薪でパンを焼いているパン屋もあって、店頭にはそのことが表示されています。でも、一概に薪で焼ないから味が落ちるというわけでもないように感じます。どんな小麦粉を使っているかも、かなり大事な要素になっていますから。

 おいしいパンは、食べて見なくても分かります。まず見た目。パン皮の色と焼き具合。それから、鋭いナイフで生地に入れた切り口が、いかにもおいしそうに盛り上がっていること。

 最も端的に工場生産のパンだと見破れるのは、パンを裏返しにして見たときです。


「ネコのおしゃべり」コーナーでは、このパンをつくっている店を紹介しています
作成: 2003年8月

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