Salutations à la française

(1) イントロ

(1) イントロ | (2) 挨拶するときには、思い出さなければならないことがある
(3) 何回キスするか? | 
(4) 挨拶に戸惑うのは日本人だけではない


 著書 『フランス田舎めぐり』(JTB)より抜粋

 フランスには、色々な挨拶の仕方がある。それを研究したら、分厚い本ができあがってしまうだろう。フランス人が、どのような状況で、どのように挨拶をするか分析した本があったら面白いと思うのだが、まだ見つけていない。

 最もていねいな挨拶は、昔の貴族がしていたように、男性が女性の手をとって手の甲にするキスだ。キスをすると言っても、唇を手の甲には触れずに、近づけるだけの仕草をするのがうやうやしい挨拶になる。今では上流階級の風習か、おどけてする挨拶するときくらいにしか残っていない。


 恋人たちに、最も礼儀正しいキスの仕方を実演してもらった。

 こんな挨拶をすることはないので、どことなくぎこちない。


 一般的なのは握手。しかし少しでも親しくなれば、抱き合って挨拶するのがフランスである。ただし男性同士では握手だけで済ませる。それでも劇的な場面だとか、何らかの理由で抱き合っている男性同士は何度も見たことがある。しかし一般的には、抱き合っての挨拶は、男性と女性、女性同士だ。

 この抱擁の挨拶では、頬にキスをするのが、最も親しい挨拶。その次は、あたかもキスをしたかのように相手の耳もとで「チュー、チュー」と音を出す。次の段階は、そっと頬を寄せ合うだけで済ませる。いずれにしても、相手の肩に手をかけてしないと不自然になる。

 抱き合ってする挨拶は、本来は家族や友人の間の親しい挨拶なのだが、最近の若い人たちは初対面でも気兼ねなくするようになった。抱き合って挨拶したくせに、翌日には相手の顔を忘れてしまって、道ですれ違ってもボンジュールも言わなかったりすることだってある。

 抱き合う挨拶はさらに複雑で、何回抱き合うかも定まっていない。キスをするのは、右と左に一回ずつ、それを二回繰り返して合計四回、さらに中途半端に三回などというのまである。何回するのかは、住んでいる地域あるいは出身地の習慣、その人の個人的の習慣によっているようだ。私が旅行するときには、その地方では何回キスをするのか注意したりして眺めたりもしている。

 ところで頬を寄せ合う回数が違う同士が挨拶するときは、どうするか?―― 回数が多い方に従う。二回キスして止めてしまうと、「あなたの地方はケチだね」などと冗談を言う男性までいる。

 ところでフランス人家庭では、お客さんが来たときには、子どもたちにキスの挨拶をさせるのが躾になっている。民宿に到着して挨拶をしているとき、その家の子どもが近づいて来たら、キスをするのだろうと待ち構えるのが礼儀だ。はにかみ屋の子どもは、知らない人にキスするのを嫌がる。親に強制されて、仕方なしにおざなりのキスをする子もいる。幼い子はブチューと頬にキスしてきたりもする。ハンカチで頬を拭いたくなっても、じっと我慢しなければならない。

 大人の場合は、どの程度の仲から抱き合って挨拶するかに迷ってしまう。ただし女性が男性にキスをすれば、問題なく歓迎されるので問題外だ。しかし男性の場合は注意が必要かも知れない。握手するか抱擁するかを選ぶ権利は、女性の方にあるからだ。フランス人男性が女性にどう挨拶するか迷ったときには、顔を近づけた後で顔を少し引っ込め、それから握手の手を出したりして、相手の反応を見ている。「抱き合ってもいい?」などと聞いてきたりもする。

 それから親しい人からプレゼントをもらったときには、キスをして感謝の気持ちを表すのも礼儀らしい。「親しい人から」といったのは、フランスでは表敬訪問でもない限り、親しくないとプレゼントなどしないからだ。日本人が民宿の人にプレゼントをしても、いきなりキスをして感謝の気持ちを表すことはないだろう。しかし子どもにプレゼントしたら、風習が違う外国人であることを意識しないので、躊躇なくキスをしてくるかも知れない。しなかったら、お行儀が悪いとママから叱られてしまうからだ。

 ところで、こちらが日本人だと見ると、両手を合わせて拝むような挨拶をするフランス人が多い。タイなどの挨拶だが、同じ東洋だから同じ挨拶だと思うのだろう。フランス人にとって日本は遠い国なのだ! それだから、神秘の国日本に憧れてくれるのだが。

 最後に、互いの唇にキスをするのは、フランスでは夫婦や恋人同士の挨拶である。当然と思われるかも知れないが、ヨーロッパにはこれが普通の挨拶である国もあるので断っておく。

 キスの仕方には何種類くらいあるのだろうか?

 これは挨拶のキスではなく、相手にキスをすることを許しているという形だ。それでも、熱々のカップルらしい様子は出ているだろうか?

 フランス式に抱き合ってする挨拶は、かなり熟練を要する。長いこと観察してみたが、どちらの頬からキスし始めるかは、人によって違うという結論に達した。人によって始める頬が違うので、顔を近づけてから方向転換しないと、唇がぶつかってしまうことにもなりかねない。メガネをかけた人とキスするときは、上手にしないと顔がメガネに当たってしまったりもする。

 キスをする回数が定まっていないので、親しい人が何人もできれば、その人は何回キスするのかを覚えておかないといけない。こちらが二回で止めようとしたのに、相手がまだ顔を引っ込めないときは、再びを近づけて行けば良いのだ。私はよく間違えるので、「四回よ」などと言ってくれる友人もいる。

 フランスでは、一人一人に握手なり抱擁なりの挨拶をしなければならない。日本のように、その場にいる人たち全員に向かって挨拶を済ませられないのだ。非常に不便だと思う。この人とは握手の仲で、この人とは抱き合う仲かも覚えておかなければならない。いつも抱き合って挨拶していた人に握手だけで済ませてしまえば、何か腹を立てているのかと思われてしまう。

 あるフランス人工場長は、朝出勤したときに、百人の部下に挨拶することにしていると自慢していた。これほど多くの人と挨拶するのは大変なのだそうだ。工場に入って従業員と握手をするときには、すでに駐車場で会って挨拶をした人にもう一度握手してしまえば、その人を無視したことになってしまうので避けなければならない。

 廊下で挨拶を済ませてしまった人もいる。朝の始まりには、誰と挨拶して、誰と挨拶していないかを記憶しておかなければならないのだ。もちろん、誰と誰とはキスの挨拶をする仲かも思い出さなければならない。本当に百人もの人との挨拶を覚えていられるのだろうか? たいした芸だ、と私は感心した。

 百人もの相手にするわけではなくても、友達の家でパーティが行われて大勢の人が集まったときには、同じような光景が展開される。後から来た人は、一人一人に挨拶して回ることになる。先に座っていれば、挨拶が回って来るのを待つだけなので楽だ。パーティが終わって、別れるときにも挨拶が必要である。

 友人が集まれば、その夜に親しくなった意味も含めて、全員が抱き合ってする挨拶することにもなる。しかも帰り際は、全員が挨拶しだすわけだから非常に時間がかかる。それも四回のキスなどしていると、さらに挨拶の時間は長くなる。そのときには、別れの挨拶の言葉も交わされる。おしゃべりが長引く人もいる。狭い家で行われたパーティなどでは、玄関先に挨拶の順番を待つ人たちの行列ができてごった返してしまうのだ。

著書 『フランス田舎めぐり 〜 田園で過ごす癒しの旅のすすめ』(JTBパブリッシング)より抜粋

2003年1月
(2) 挨拶するときには、思い出さなければならないことがある 
フランス式挨拶の仕方 目次 
(1) イントロ | (2) 挨拶するときには、思い出さなければならないことがある | (3) 何回キスするか? | (4) 挨拶に戸惑うのは日本人だけではない 

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